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女王様をね、やってみたかったんです。あと、変態にも興味があったの。

本表紙 酒井あゆみ著
第五 美雪<身長・フリーサイズ>T158 B87 W61 H88 28歳
 静岡県出身。妹1人。大学卒業後、ファッションの勉強のためにイタリア、アメリカ、韓国に短期留学。その費用を稼ぐためにヘルスに。その後、自分の興味からSMクラブに移る。一年間務めた後、現在は不動産会社で営業職に就く。

 女王様をね、やってみたかったんです。あと、変態にも興味があったの。
 インタビューが終わった後、美雪(二十八歳)と私は新宿二丁目に向かった。その日、たまたま知り合いのゲイの店長が店でパーティーを開くと言っていたので、彼女を誘ってみると手を叩いて喜んだ。自称”壊れた女”の彼女は、優しい雰囲気の店を好む。
「行きます。イク、イクッ!」

 美雪は、取材中にワイン三杯を空けていた。頬は紅潮していたが、足取りはしっかりしている。普段もそのくらいは呑むし、落ち着いた物腰だが、興味にスイッチ入ると彼女は途端にお茶目になる。私たちは新宿三丁目の駅から歩いて三分ほどの二丁目の店に入った。

 その店はカウンターと、テーブル席が四つ。ほの暗い照明で、店長の他、お客さんの相手をする二十代の男の子が常時八~十人いる。カウンターの奥に並んだ子の中から好みのボーイを席に呼び、話の成り行き次第では店外デートすることもできる。要はウリセン・バーである。私たちが店に入ったとき、他の客についてていない男の子が六人いた。美雪は俯きながら、
「先生、どの子がいいですか?」
 と私に聞いてきた。
 彼女は酔ってくると、なぜか私のことを「先生」と呼ぶ。確かに彼女より八年ほど長く人生経験を積んでいるし、物書きの端くれであるが、「先生」と呼ばれる筋合いはない。初めてそう言われた時には、「何だ。コイツは?」と、訝(いぶか)しく思った。しかし、会うごとに屈託ない笑顔で「先生」を連発っされるので、そのうち私も慣れてしまった。三年前、美雪が老舗SM店のM女としてナンバーワンを張っていた頃、私が彼女を取材したのが初対面。それ以来、知人を介して偶然、全く別の場所で再開した。不思議な縁が続いている。

「何を言ってるの? あなた好みの男の子を選ぶのよ」
 私の言葉に促されて、彼女は店内をぐるりと見渡した。白い半袖シャツにジーンズの、サラリとした印象の青年に目が止まった。モジモジしている美雪に代わって、私は彼をテーブルの席に呼んだ。身長一八〇センチ、体重六〇キロくらいのスリムな男の子、リョウ。二十歳というから、美雪より六つ年下だ。彼が席に着くと、彼女は豹変した。彼の脇腹をツンツン指でつついたり。わずかにある、その部分のたるみをグッと掴んで、ニコニコ嬉しそうにしていた。

「男の人のお腹の肉が好きなんですよ―。あー、気持ちいい」
 美雪は今、付き合っている四歳年上のサラリーマンのことを「肉奴隷」と呼んでいる。ポッチャリ系の贅肉をつまんでは、ペシペシとお尻やお腹を平手打ちにして楽しんでいて、彼もそれを喜んでいるんだとか。

 他愛の会話をしながらいちゃついている彼女とリョウを放っておいて、私は店長と話し込んでいた。ふと気づくと、二人が席を立って店の出口に向かっている。店長の誕生日とボーイたちの女装で盛り上がるパーティーは、まだこれからというのに。
「行くの?」
 と私が聞くと、
「はーい。リョウくんに駅まで送ってもらいまーす」
 と美雪。
 ふたりは腕を組んで、店を出て行った。私はやれやれという顔をして、頬を緩めた。彼女は、その場所その場所をちゃんと自分なりに楽しむ子だった。天性なのか、そういう才能には長けた子だ。一緒に連れて行った人間からすればそれは嬉しいこと。だから私は、彼女がどこかに連れて行くのはやぶさかではなかった。他の女の子だったら「ホントに楽しんでいるかな」と気になって自分が楽しめないからだ。

 美雪は、静岡の近郊に生まれ育った。父はエスカレーター設計、製造、販売する会社を経営。三代目の社長だ。母はその経理の事務処理を手伝っている。美雪は長女として生まれ、経営感覚や経済観念を両親から学んでいた。二歳年下の妹がいる。

「バブルがはじけた後、会社が傾きかけたときもあったんだけど、母親はとにかくケチで、何とか持ちこたえみたいですよ。ウチは女の子ばかりだから、父親は婿養子をとって考えてたようです。いっつも『女じゃ、出来ねえ仕事なんだ』って。でも二人ともマイペースでだったので婿を取ることも諦めてたようです」

 美雪はファッション関係の仕事に憧れていた。東京の四年制の大学を卒業後、イタリア、アメリカ、韓国に短期留学した。近い将来、服装関係の売買など海外とのやり取りを含めたビジネス展開をしたいと考えていた。両親は黙認していたようだ。

「相手の言葉で商談したいし、ケンカしても勝ちたいじゃないですか」
 その留学資金を自力で稼ごうと、美雪はコンパニオンやエステの店員を経験。東京の大学に在学中と、短期留学の合間の計一年半、都内のファッションヘルスに勤めた。

「やっていいものか最初は迷いましたよ。だって、その時私って男性経験が三人しかなかったから、それに、すごい怖い世界でだらしない女の人しか働いていないと思ってましたから。でも、お金が欲しかった。

親に頼れなかったし。入ってみて分かったんですけど、これは仕事だって割り切る人が想像以上に多くて。世の中、不景気だし、友達の中には片親しかいなくて、大学に通っていた四年間ずっとヘルスに勤めて子もいたし、子供が居て食べられなくて風俗に来ちゃったお母さんもいたし。社会が十年前に比べて風俗も寛容になったというんですかね」

 ヘルスで、美雪は月に七十万円を稼いだという。彼女はその大半を学費と生活費に充て、貯金もした。私は「生活のため」と言いながら、好きなブランド服やホストクラブに通うなど自分の贅沢のために風俗嬢をしている女の子を沢山見て来た。しかし彼女の言葉に?はなさそうだった。

 それでも、美雪には「足りなかった」夢を実現したい。やはりビジネスの専門知識や人脈を得るには、さらに経費が必要だった。そこで、彼女は別の風俗に目を付けた。SMクラブだ。
「女王様をね、やってみたかったんです。ヘルスで働いて風俗の知識を少し得ると、なるべく高収入なとこで働きたくなった。あと、変態に興味があったの。どういう人たちなんだろうなーって。性格的には絶対、Sですよ。気が強いし、ズルい人たちにはビシビシ反撃しますから」

 SMクラブの「女王様」は、黒か赤のレザー。ビニール系衣装で身をピッタリと包み、ムチ、ハケ、ロウソク、ペニスバンドなどで、両手両足を拘束された男の客を攻めていく。非日常の中でしか成立しない、それらの衣装や小道具が似合うスレンダーでキツい顔立ちの女性がやっているケースが多い。その出で立ちからして、全く知らない人、興味のない人の目には、SもMも「変態」な世界に映るだろう・

 二十五歳で、その世界では老舗のSM店に行った。私も一時期、働いていた店だ。
 しかし、美雪の思い通りにはいかなかった。初心者はM
女から始めるのが店の決まりだった。M女は女王様とは真逆の立場。全裸になって手枷足枷をされたり、ロープで体中を縛られたりしながら、言葉や道具などで客から攻められる。

 美雪は身長一五八センチ、スリーサイズは八七(Dカップ)、六一、八八センチ。羨ましいほど白い肌で、ムチッとした肉付きをしている。女優の長谷川京子に似た顔立ちで、ロングの髪をうしろでまとめ、インテリ風の小ぶりのメガネをかけている。男を吸い寄せる要素をいくつも持っている。だからそこの店で「女王様」をやるのには、身長が一〇センチほど足りず、体形的にも性格的にも「M女」の方が向いていた。

「店長から話を聞いて、えーっ、無理! って思いましたよ。SMには興味あって、付き合った人にM男がいたんです。私が彼の乳首をつねったり、お尻をたたいたりして楽しいなあと感じてから、まさか、自分がぶたれたり、痛い思いをする方になるとは」

 けれども、美雪は腹をくくった。お金のためなら、将来の夢のためなら何でもやってみようと。ある程度、度胸のある女性だったらできるヘルスから、いきなりM女への転身というのは普通の女の子には厳しすぎる。本物のM女ならまだしも、演じなければならない女性には頭も道具も使うので危険を伴う、相当難しい作業だ。しか、彼女は「どうせやるなら」と体だけでなく、頭も使おうとした。

「M女ってされるがままに見えますが、実は心理戦なんです。お客さん一人一人が何を求めているかを、会話や雰囲気の中から探って、出来る範囲でやっていくんですよね。言葉や仕草を研究したなあ。こう言ったら、こう動いたら男の人は喜ぶだろうなというのを考えながら。結局、M女でもこっちが主導権を握らないと、お客さんのやりたい放題になりますから。

遊び半分でやったら、ヘルスと変わらないサービス内容になっちゃう。老舗の店だったから、そんなことをしたら、あっという間に指名なんかつかなくなる。それに、自分がリードしないと身体がボロボロになっちゃうんです。乳首に画びょうを刺された女の子もいました。M女には何をやってもいいと勘違いしているお客さんって結構いるんですね」

「例えば『いい』とか『感じる』とか『もっと』とか、本気で感じているように演じて、客を興奮させておいて、ムチとかで叩かれるときは、のけぞるふりして本当に痛いポイントをズラしたりとかね(笑)。興奮したお客さんは、最後にはフェラか手コキか素股で結構早くイッちゃいますから」

 ケラケラ笑いながら、美雪は洋風居酒屋の個室で、またワイングラスを空けた。彼女は風俗嬢には珍しく、煙草を吸ったことがない。その代り、かなりの酒豪だ。

 自分なりに試行錯誤して、何とかやっていたM女が意に反してウケてしまい。あっという間にナンバーワンになってしまった。女優としての素質があるのか、自分をSだと思いながら、やはりM的な部分もあったのだろう。

「いや、Mじゃないですよ、絶対。プライベートでは、店でも女王様やりたいーって、ずっと思って言ってたのに、M女で人気が出ちゃって。店長が『M女でしばらく続けてよ』って。あー、工夫しすぎちゃったのかなあ(笑)。だけど、M女の方が、お金はよかったんです。叩くより、叩かれる方がギャラがよくなくっちゃ、割に合わないですからねえ」

 SM店でもプレイの時間やその内容次第で料金が決まる。M女の場合、例えば六十分二万円(Sの客が支払う料金)の基本コースなら、その六割の一万二千円が手取りとなる。女王様は同じ六十分でもMの客が払うのが一万五千円なので女王様の手取りは九千円というのが、相場になっている。

「M女の時で、最高一日で十万円くらいになるかな。最初は頑張って週に五日出勤して、三時間以上のロングコースとか、泊まり込みコースで指名してくれる人の相手もしてたの。さすがに段々、疲れてきちゃって出勤数を減らしていったけど。月収は七十~八十万円で、多い月には百万を超えましたね。でも、女王様もやらせてもらえるようになった。SM始めて半年以上は経っていたかな。やっとキターッ! って感じでしたよ」

 女王様としても、美雪はナンバーワンになった。
「やっぱり女優に徹すること。Sの場合は、もっと相手に合わせることですかねえ。何を求めて来たのかを見抜くんです。虐められることは同じでも、ソフトからハードまで、道具によってもいろいろ、お客さんによって好みが違うんですね。こっちはお金をもらっている以上、好き勝手にはできないし、カウンセリングじゃないけど、私は『どうされたい?』って最初は聞いていましたね。中には日本人でも英語がペラペラな人もいて、『全部、英語で攻めてくれ』って言ったから、お望み通りプレイの時間中、英語でやりました。留学中に向こうの友達からダーティーな言葉いっぱい教わりましたから(笑)」

 忙しさゆえに店に二か月も泊り込んだり、それに疲れて、近くの治安の悪い場所に小さな部屋を借りたり。それでも彼女は浪費に走らなかった。結局、丸一年で美雪はSMの世界から足を洗った。通帳を見たら三百万残っていた。風俗に勤める女たちが陥りやすいホストクラブ通いもブランド品の買いあさりも、彼女には無縁だった。

 私は思わず「もったいないね!」と美雪に言った。もうちょっとやれば、彼女なら一千万にも手に届く位置にきていた。私は風俗で働くのなら「せめて一本(一千万)を立てて辞める」、
そうあってほしいと考える方だった。しかも、彼女はまだ二十六歳になったばかりだった。

「そうなんですけど。もう体が続かなかった。やっぱり体力的にキツかったですよ、SMは。ロウソクとかムチで肌や髪も荒れるし、性病をうつされたり、婦人科の病気になったり」

 そう言って顔をしかめながら、ワイングラスをクイッと傾けた。さっき頼んだばっかりなのに、もう飲み干してしまった。私は話を聞きながら、美雪のために追加オーダーをした。

「身体が壊れてきて、年齢的にも二十代の後半が見えてきて、まともな仕事をしないとダメだって思ったんです。夢だった海外のファッション事業展開も、自分には無理だって分かった。向こうに何年か住んで現地の人と太いパイプを作らないと、とても。あの時の私には到底できなかった。そんな時、SMの店も景気が悪くなってきたし、店長が代わって雰囲気も悪くなっていったの。だから、辞める一ヶ月前に退職届け出したんです」

 この点も風俗嬢にしては珍しい。たいがいの女の子は突然出勤しなくなり、音信不通になる。いわゆる「ばっくれ」だ。それだけ美雪が律義というか。決心が固かったというか。彼女は嘘をついてはいないだろうが、その話を私は百パーセント鵜?みにはできなかった。

「でも女ってお金はいくらあっても欲しいものじゃない? いくら体を壊しちゃったって言っても、治してから戻ればいいんだし、そんなにスパーッと辞められたのが不思議なんだよ」
 私の疑問に彼女は、あっさり答えた。
「稼ぐ意味がなくなっちゃったから。ズルズル続けるのはよくない。例えば、週に一日、SMやれば暮らしていけるけど、なんかそれも時間の無駄だって思うようになっていったんですね」

 次の仕事は、まもなく見つかった。風俗とは関係ない知人の紹介で、不動産会社の営業職をやることに決めた。一般常識や時事問題などのテストに合格し、初めは見習いの準社員扱いでマンションのセールスを任された。

「準社員だと固定給二十万円から社会保険やら税金やら引かれて、手取り十六万円なんですよ。SMやっていた時の五分の一!(笑)。でも、始めて二年なんですけど、また試験があって、それに合格すれば正社員になれるの。そうすると出来高制になるんです。契約を取った分だけ収入がプラスになる。月に七十万円稼いでいる先輩もいます。やった分だけお金がもらえるという点は風俗と同じだから」

 私の自宅にも、たまに「○○不動産ですが」という電話がかかってくるが、話の途中でさっさと切ってしまう。飛び込みの営業はそういうのが一般的で、きっと難しく辛い仕事だろう。

「セールス自体は楽しいですよ。でも、お客さんと気が合わないとダメですけどね。会社の商品よりも私の人柄を見られて、買う、買わないかを判断をされるんですよ。だから、そこも風俗に似ている。SMの経験が多少は役に立ってますね。『あっ、こいつMだなー』って感じた相手が、私のお尻とか触ってきたら、ビシッと平手打ちにしますから(笑)。自営業や中小企業の社長さんに多いタイプですね。それで気に入られたりして」

 でも、物件一つ売るのは、やはり相当の努力が必要らしい。
「風俗をちょっとぐらいかじっただけじゃ、役に立ちませんよ。部屋や家を買うというのは何十年も支払っていくことじゃないですか。男の人はバカじゃないから、そんなに簡単には契約取れない。ちょっときれいだったり、かわいいだけのセールスレディ―が来たぐらいじゃビクともしないの。商品のメリット。デメリットをきちんと見て、納得したうえで契約しますから」

 この二年間、美雪は必死で不動産とセールスの勉強をしながら働いた。朝九時から夕方四時までだが、八時以降に来てほしいという相手も多い。土日の呼び出しも頻?だ。勤務年数が浅いし、独身なので、いいように使われている。そんなに働いても月に十六万円というのは、どう考えても割に合わないだろう。まして、風俗でもらうお札の厚みを知っている彼女としては。

「今、一番楽しいのが、マンションの契約を取れた時なんです。やった! 落とした―っ!!って感じで、ものすごく達成感があるんですよ。ただ、私たちの仕事はそこからが『始まり』なんです。途中からローンの組み方を変えたいとか、マンションへの苦情とかにも対応しないといけない。この頃大きな物件の契約が取れるようになってきたので、正社員になれば出来高で収入が増えますから、踏ん張り時ではあるんですけど」

 珍しく美雪の顔が曇った。やはりファッション業界への未練があるのか、今の不動産セールスの仕事が「本当にやりたかったこと」ではないからなのか。

 私は話を別の方向に向けた。
「結婚とか、考えてないの?」
 彼女は即答した。
「焦ってないですね。今、付き合っている彼は公認会計士で、手堅い収入が入ってくるけど、頼りたくない。私は自分の職業としても、その先になるんじゃないかな」

 聞けば、今の彼とはほとんどセックスレスで、美雪が彼を「肉奴隷」と呼ぶ通り。毎回一方的に彼女が攻めて終わるのだという。それで彼女の「性欲」は満たされているらしい。仕事で女王様をしていた時とあまり変わらないプライベートの性生活。彼女はオナニーが嫌いなので、しない。それは性欲がないのと同じなのではないか。

「女って、全く性欲がなくてもアリじゃないですか? 普通の子たちの話を聞いていても時々そう思うし、私は、宝塚歌劇団の舞台を見るのが好きなんですよ。毎月も、新しい演目ごとに見に行っています。男女のドロドロを描いていて。いっも『愛』がお題なんですけど、普通の男女というか、生身の男女にはない美しさがたまらない。デプ専もあるんです(笑)」

 私の頭の中は混乱していた。一人の人間の中に多様な好みが混在していても不思議ではないし、性欲が全くないという女性にも何人か会ってきた。しかし、美雪の場合は、嘘をついてるか、何かを隠しているようにしか思えなかった。このインタビュー中も、素の彼女自身とは少し違う「誰か」を演じているのではないのか。私は彼女を根っからの女優か風俗嬢だと思った。無意識に芝居をこなすことができる。
 だから、改めて聞いた。
「今後、風俗に戻ることは絶対ないの?」
「ないですね―。当たり前の常識が通用しない世界ですから。約束して時間を守らないのが当たり前、遅れても電話一本欠けてこないのが当たり前、ドタキャンしても当たり前、ですもん。はじめはいちいち文句を言っていたんですが、そういう人、特に店の男の従業員には多いんですよ。そんなルーズさが業界の体質になっていて、あー自分はダメだな、このままじゃ、世間の常識からどんどんハズレていっちゃうって」

 連絡すれば即、きっちり返す美雪らしい言葉だった。風俗業界に、美雪より数倍長い時間いた私は、自分の気分で働くのを当たり前だと思っていた。しかし、彼女は耐えられなかったらしい。今の不動産会社に入って、普通の世界の良さを改めて知ったともいっう。

「やっぱり常識が通りますね。会社という小さな社会のルールは守られてて、電話の受け答え方もビジネスレターの書き方も、みんな仕事をしながら覚えていきました。長い人生を考えると、こういう基本的なことを二十代後半でも勉強できたことはラッキーだったと思いますよ」

 美雪は夜の世界を経験したからこそ、昼の世界を楽しむことができているのではないかと私は思った。両方知っているから「昼」のよさが、「昼」しか知らない人よりも分かるのだ。私も風俗をあがった時、同じように感じた記憶がある。

さらに聞くと、彼女は「肉奴隷」に求婚されていた。彼女が風俗を辞める二年前、知人の紹介で知り合い、付き合い始めたが、過去のことは彼には話していないとう。

「男の人って普通、風俗をやっていた子をいいふうには思わないし、お金を持っていると思ってる。彼はそうじゃなかったけど、『風俗やってたんだったら、すぐにヤラせてくれる』と思って寄ってくるバカもいたんですよ。彼にもしバレたら…‥。嘘はつかないけど、必要以上に本当のことは言わないと思うなー。それで彼が離れていくならしょうがない。一人の人にしがみつこうとは思っていないし」

 美雪には結婚願望はないのか。たとえ相手が今の彼でなくても。彼女は時折、必死に強がっている形相や口ぶりになるが、私には彼女が男性に対して、とても自信がないように思えた。なぜなら、話の節々に彼女の自己評価の低さを感じる時が多々あったからだ。

 風俗を一度経験した女性の大半は、どんなに可愛くてもきれいでも、自己評価がすこぶる低くなる。それは自分が身体を売っていた過去の重みがそうさせるのか、それとも、並外れた金運や秀でた才能に恵まれていない自分を知ってしまったからなのか。どんな女性でも、男性に百パーセント、ウケる人は存在しない。なのに、パッと見がいい素人の女性は、バカな男からヤリたいがためにチャホヤされる。デート代やプレゼントなど、「ワリカン派」も増えてはいるが、まだまだ、男が女に投資しているのが現状だ。沢山お金をかけてくれるのがイイ男、そのお金をかけてもらえる私はイイ女。そんな勘違いに拍車をかけてしまい、自意識過剰がどんどん加速してしまう。そのことに気づいていない女性がまだまだ多い。

 風俗嬢は日々、自分の『価値』を嫌というほど、手取りの金額で叩きつけられる仕事だ。だから、そのお金が少なければ自己評価も下がってしまう。それが風俗で働くリスクの一つだと私は思っている。

 素人の勘違いがいいのか、自己評価が低い風俗嬢がいいのか。どちらが女性にとって幸せなのだろう。
 彼女はワイングラスを置き、スモークチーズを一つつまんだ。そして、椅子の背にもたれ身体を任せた。

「自分の両親を含めて、周りに幸せそうな夫婦って見当たらないんだけど、結婚のメリットは分かったんです。会社の経理とか社会保障とかに詳しい友達に教えてもらったの。マンションのローンを組むのも独身より融通が利くし、保険金とかも大きくなる。旦那の収入面でも配偶諸控除とか保険金控除とかあって、有利なんです」

 さっき見せた臆病な顔とは打って変わり、スラスラと話す彼女。したたかな女らしさと同時に、男まさりの堅実さを感じた。言い換えれば、いろんなことに迷いを感じているときなのではないだろうか。

「風俗やって体を壊したり、人を信じられなくなった時期があったり、失うものもあったけれど、得たものも大きかったですよ。男の人の裏表の気持ちも分かるようになって、自分の将来、食いっばぐれがないノウハウを積んだと思う」

 そう言って「はっ」と。目を細くして彼女は笑った。
 その後、人づてに聞いた話だが、美雪は現在、新宿二丁目に二週間に一度は出没し、ウリセンの男の子たちとの店外デートを楽しんでいるという。以前は、見知らぬ男女やカップル同士が接近遭遇するハプニング・バーにも出かけていた。

 将来を見据えた現実主義と、その裏にある刹那的な快楽主義。両方が同居する彼女の実像が、少しだけ見えてきたような気がした。


つづく 第六 愛<身長・フリーサイズ>T155 B88 W60 H87 24歳
 愛知県出身。子どものころ両親が離婚し、母親、兄と暮らす。高校を一年で中退。友達に誘われて援助交際を始め、その後キャバクラ、AV、イメクラ、デリヘルスを経験。合コンで知り合った男性と結婚。1児の母。

 私の人生なんだかいいじゃんって思ってた。でも、子どもに申し訳ないなって思うようになったの。